隣のフトコロ事情

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遺言書作成時に、自分の財産でないものを指定できる?

言書は自分の財産以外でも承継先を指定できることをご存知でしょうか?遺言書作成の一般的な指南書ではそこまで言及しているものは希ですが、遺言書には現時点で自分が有していない財産でも特定の相続人に指定して相続させることができます。
 実務的にも遺言書に記載していない財産が相続発生後に出てくることがあります。親御さんが友人や親戚に貸している貸付金や認識のない証券会社に保管している端株など、手続きや関係者との協議が面倒な財産があれこれと相続後に発覚するものです。
 遺言書には記載のない財産が後から発覚し、都度、遺産分割協議を相続人同士で行うのはとても煩雑です。また、負債が発覚した場合には、誰が引き継ぐのか押し付けあったりすることで協議がまとまらないこともあります。その為、専門家によっては、  『〜前述に記載した以外の財産ないし負債は、すべて長男に相続させる。』等の文言を組み入れる様にアドバイスする方がいます。
 このように記載すれば、遺言書作成時に当主が財産目録に含めていない財産や負債が出てきた場合に、相続人同士による遺産分割協議の必要がなくなり、自分の息子や娘の手間を省いてあげることができるのです。
この考え方を応用することで、遺言作成時点で所有していない将来的に手に入れる予定の財産がある場合でも、財産の承継先を指定することが出来るという訳です。
 今回は、この考え方を利用することが、どの様なケースで役に立つかを解説していきます。

後継者が苦労する残念な遺言書とは

 今年3月に当社が支援したお客様の概要が図1の通りです。東京在住の300年以上続く名家の当主である保田照夫様(仮名80歳)と奥様の清子様(仮名 75歳)のご夫婦で、基本的には家督相続(長男にほとんど全てを相続させるという承継の仕方)を考えておられました。
ご夫婦の相続財産のうち、清子様は預貯金のみ約3千万程度を保有されている以外、不動産を含む財産のほとんどが照夫様の財産でした。
 照夫様は5年以上前から遺言書を書こうと意識していたものの、具体的にどの様に作成すれば良いのか自身の考えがまとまらずお困りでした。(遺言書作成は、ご相談されるほとんどの方が書こうと意識はあれど、具体的な分配をどうすれば良いか考えがまとめられない方が大半です。)
そこで1年程度、我々がカウンセリングを行いながら、照夫様の考えを具体的な書面に落とし込みました。
 先に申し上げた通り、基本的には全ての財産を長男の太郎様(仮名)に家督相続させたいという依頼でした。よって、図1記載の通り概ね80%:5%:5%:10%という長男に相当偏った配分比が照夫様の意向でした。次男の二郎様(仮名)と三男の三郎様(仮名)には、照夫様が購入してあげた現在の住まいとそれに課税される相続税相当の預貯金を相続させ、その他の事業用不動産等は全て長男へ相続させるという内容でした。
 勿論、この遺言書を照夫様の指定通りに作成することは可能です。しかし、ここに二つの悩ましい問題が生じます。
それは、太郎様の遺留分侵害と相続税の納税負担の問題です。

家督相続と悩ましい遺留分侵害

 まず、遺留分侵害については、昔ながらの家督相続を希望される当主にとって、本当に悩ましい問題です。現在の民法では、相続人全員に平等な権利が与えられるべきだという観点から、家業の後継者など特定の相続人に偏った財産分与があった場合、遺産の配分が極端に少なかった相続人の権利を補正する(一定の価値相当額を侵害された相続人が裁判所に請求し取り戻す)ルールである遺留分減殺請求権が存在します。
 一方で、いくら民法では平等にという基本的概念があっても、相続税納付後の財産を均等に分割し、財産承継を何代も繰り返してしまうと、本家の資産総額はみるみる目減りし、本家の存続自体が危ぶまれることになるのです。
 そういった意味では、昔のように長男(次の当主)にほとんど全てを相続させる家督相続という考え方は300年以上続く名家の保田家にとっては、適切な判断だと助言致しました。
 実際に、照夫様も家督相続で先代から財産を受け継ぎましたが、照夫様が名義人となって保田一族の財産を預かっているという感覚で、私的な財産などほとんどないと認識されています。この様な考え方が親族に浸透している場合に限り、遺留分侵害で他の弟妹から法的な請求手続き(遺留分減殺請求権の行使)を受ける可能性は極めて低いと言えます。保田家の一族にとっては、家督相続が当たり前という教育を二郎様、三郎様も受けており、太郎様にほとんどの財産を相続させる旨の遺言書を書くこと自体にはそれほど支障がありませんでした。
 この点については、遺言書作成前に照夫様が二郎様と三郎様を呼び出され、家督相続をする意義を改めて宣言され、二人ともきちんと理解されている様子でした。
遺留分侵害の件は保田家では問題ないですが、一般的にはこの様な偏った割合で遺言書を作成したい場合には、事前の準備がより大切となります。

相続税の納税は夫婦両方の相続でワンセット

 もう一つの問題である相続税について、後継者の納税計画を考えてあげることも遺言作成における大切な要素です。
 照夫様の財産は50億を超える大資産家ですが、一般的な土地持ち資産家同様に、ほとんどが土地で構成されていました。また、ご夫婦が半分ずつ財産を所有しているケースは稀で、保田様もほとんど全ての財産を照夫様が所有している状況です。照夫様に相続があった場合の相続税ですが、軽く20億は超えてしまいます。これほどの相続税を到底現預金で一括納付することはできず、大量の不動産(駐車場・貸ビル・マンション)を処分し納税することになります。
 そして不動産を処分して相続税を納税する場合、大きなデメリットが生じます。
それは、売却する不動産から得られていた不動産収入(キャッシュフロー)を同時に手放す点です。相続税により資本が目減りするのは大変残念なことですが、本当に残念なのはその家の収益力が大きく低下してしまうことにあるのです。
 保田様は、都心の一等地に貸ビルを保有しており、そのビルだけで年間3000万円以上は将来の納税資金を積み上げることができています。しかし、納税資金に充当する為、相続の際には売却対象としなければならない状況です。
 そういった意味では、不動産から収益を上げている家にとって、当主とその配偶者が長くご健在でいること以上の相続対策はありません。
 特に男性よりも女性の方が統計的には長寿ですので、照夫様の相続後も、清子様だけで長生きされる可能性は十分にあるのです。
 そこで、清子様より先に照夫様に万一があった場合に備え、太郎様に一度に大きな相続税が課されることを回避する為、『配偶者控除』という制度を活用し遺言書に反映させることにしました。この制度は、奥様に相続させる財産は、半分まで相続税の課税はなく、相続税を繰り延べることができるのです。
 照夫様は80歳で平均余命は8年、清子様は75歳で平均余命は15年です。この二人の死亡予定年数には7年間ものギャップがありました。どちらが先に相続を迎えるかは、誰にも分かりません。しかし、後継者の相続税の納税の一部を一年でも先送りする工夫が当主やその配偶者の意思でできるのです。相続税の納税システムは、夫婦両方に相続が発生した際に、全額納付すれば良いという考え方で、夫婦間でスライドする財産については、課税を繰り延べることができるのです。
そうすれば、いずれ売却しなければならない不動産の賃料収入を一年でも多く蓄えることも可能です。ちょっとしたことですが、遺言書の工夫一つで、後継者の納税計画はぐっと楽になるのです。

具体的な遺言書の構成(ご夫婦同時に遺言書を作成する)

 まず、照夫様から太郎様に80%という配分比を35%に下げ、清子様の配分比を10%から45%に上げて、公正証書遺言を作成することにしました。こうすれば、先に照夫様に相続が発生した時点で、太郎様が相続する財産に対して課税される相続税を約10億円も繰り延べることができます。(図2)
この際、重要なポイントは、反対に清子様に相続が発生した場合には、「万一、遺言者の夫照夫より先に妻清子が死亡したときには、遺言者は、前条記載の財産を相続人太郎に相続させる。」と記載しておくことです。

 次に、清子様も照夫様と同時に公正証書遺言を作成しました。財産が預貯金等しかない妻まで遺言書を書いておくのは、あまり馴染みがないと思われる方がほとんどです。しかし、多くの財産を有している方の配偶者は、多くの法定相続分を有しているので、色々な意味で夫婦での遺言書作成を推奨します。
 そして、清子様の公正証書遺言には、自分の財産ではない夫から相続する可能性のある財産を反映させ、以下の様な文言を付け加えるのがポイントです。
「清子は、前条に記載した以外の財産及び遺言者の夫、照夫から相続した一切の財産を、相続人太郎に相続させる。」(実際の公正証書遺言の書面は添付資料1の通りです。)

 この様にご夫婦が連携して遺言書を作成すれば、一旦、清子様を経由して照夫様の相続財産は全て太郎様に移すことができます。(清子様が遺言書を書き換えない場合に限る。)
 この方法を採用すれば、先に照夫様に相続が発生した場合に本来納税しなければならない20億を超える相続税のうち、約10億円の相続税の納付時期をご夫婦が同時に死亡する以外の場合において、コントロールが可能となります。
遺言書作成の際には、相続人が紛争となるのを防止する目的で作成する動機が大半ですが、単に分割内容だけを整備するだけではありません。一般的には信託銀行や弁護士に遺言作成の支援を依頼する様ですが、法務的な分割の課題を網羅するだけでは片手落ちとなり、税務的見識も併せ持つ専門家へ依頼するべきなのです。
なお、相続税の税制の側面から遺言書作成の着眼点は図3の通りです。しかし、今回解説した相続税だけを考慮すれば良い遺言書ができる訳ではありません。相続人の所得税や同族法人の法人税等を総合的に判断し、誰に相続させるかを決定する必要があります。
 また、現在は、遺言書作成だけでなく、家族信託という第三者に委託しない方法で、遺言書のデメリットをカバーできる方法も出現しており近年話題となっています。家族信託は便利な機能がある為、現在も具体的な信託契約の設計について複数のお客様から相談を受けている状況です。信託の事例については、またの機会で解説致します。

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